石隈利紀先生に聞く
ウェクスラー知能検査の倫理と使用者の責任

2024.10.07 インタビュー / シリーズ

第1回 アセスメントとしての心理検査:倫理と責任


ウェクスラー知能検査の倫理と使用者の責任について、WISC-V、WAIS-IVの日本版作成者のお一人である石隈利紀先生(日本公認心理師協会副会長、学校心理士認定運営機構理事長)へのインタビューを4回にわたってご紹介します。第1回目は、アセスメントとしての心理検査の倫理と責任についてお話しいただきます。


-- ウェクスラー知能検査の倫理と使用者の責任について、石隈先生にお話をお伺いしてまいります。石隈先生はいつ頃からアセスメントや心理検査に注目されているのでしょうか

石隈 私とアセスメントとしての心理検査との出合いということで言えば、アメリカで学んでいた30代の頃、WISCの解釈で世界的にも有名であり、K-ABC検査の著者でもあるAlan S.Kaufman先生(以下、「カウフマン先生」)・Nadeen L.Kaufman先生夫妻の下で学んだことです。アラバマ大学大学院に進み、幸運なことに、お二人の先生のチームティーチングで、「個別知能検査とケースレポート」の授業を受けました。そこでWISC-RとK-ABCの検査の実施・採点・解釈とケースレポート作成について、厳しい指導を受けました。そしてスクールサイコロジストになるトレーニングを受け、博士論文を書きました。お二人は私の恩師です。

-- アメリカでの学びがアセスメントとの出会いだったのですね。石隈先生がお考えになるアセスメントとはどういったものなのでしょうか

石隈 アセスメントとは、発達障害などで苦戦したり生きづらさを感じている方々が何かしらの援助を受けるという場面で、心理職など援助者がその方の状況を理解して、適切な援助案のための資料を作成することだと言われています。その方の自己理解を促進することも、重要なねらいです。カウフマン先生がよく口にされていたのですが、心理職はチェンジエージェント、大げさなんですけれど、その方の人生に関わらせていただき変化の一環となるエージェントなのです。心理職は苦戦する方々のサポーターであり、心理職にとってアセスメントを行うことは非常に重要な仕事だと思っています。

-- ありがとうございます。では、心理検査について具体的にお話を伺っていければと思います

石隈 アセスメントとしての心理検査には、WISCやWAIS、あるいはロールシャッハなどがあります。その中でもWISCやWAISなどは、標準化された心理検査と言われています。標準化された心理検査は、検査の実施に際し手続きが決まっているということ、その結果を他の人と比べて数値で表すことができるということで、極めて重要でありがたいツールなのです。

-- WISCやWAISは標準化された心理検査とのことですが、標準化について詳しく教えていただけますか

石隈 WISCを例にとってお話ししましょう。日本においてWISCの最新版WISC-Vができるために、おおよそですが5年ぐらいかかっています。アメリカ版の手引きの学習から始まり、日本に使えるかどうかの理論ベース、実践ベースを確認しながら、日本語版の、あるいは日本版としての項目を作り、パイロット調査、そして予備調査を通してデータを収集します。それからさらに改善を加えて、最後に標準化調査を経て日本版WISC-Vの検査項目や尺度が固まるのです。

-- 日本版作成のために、多くの時間が費やされるのですね

石隈 そうです。時間だけではなく、多くの方々の協力も得ています。日本版作成のための調査に際し、心理検査の実施に携わる専門家の方々に検査データ収集の協力を依頼します。この方々は、テスターと呼ばれ、検査の手続きや尺度を決めるに際し、重要な役割を担っていただいております。もちろん、受検者として検査にご協力いただいた方々の貢献も大きいです。

-- テスターからの検査データなしには検査はできないのですね

石隈 はい。WISC-Vの検査内容は、検査を受ける方が知的能力を発揮しているであろうという場面の行動のサンプルです。受検者の行動サンプルから、受検者のベストパフォーマンスを測定するのが、知能検査のねらいです。様々な調査や手順を経て、項目として作成され、尺度化されているのです。さらに、手続きに従って実施するということで、各項目を実施する際の時間についても言及されています。WISC-Vだと1時間から1時間30分ぐらいですね。

-- 標準化データをもとに、決められた手続で検査を実施することで、限られた時間で対象となる方の特徴を把握できるのですね

石隈 例えば、心理職が1年間ずっと張り付いて、援助する方の言動や動作全てを観ているわけにはいきませんよね。標準化された心理検査は、人の福祉であるとか、ウェルビーイングの支援に関わらせていただくに際しての共有の財産と言えるのではないでしょうか。

-- 心理検査は共有の財産とのこと、大切に扱う必要がありますね

石隈 そうです。標準化された心理検査を大切にするというのは、心理職にとっての倫理ですね。先ほど言ったように共有の財産なんです。ですから、そのことを尊重し手続に従って検査を行うということは検査者である心理職の責務だと思います。

-- 検査者の責務ということについて、例えば昨今、検査問題の流出、特にインターネットを介しての検査情報の漏洩などが問題になっていますが、そのことについての石隈先生のお考えをお聞かせください

石隈 検査の項目や尺度は、標準化という手順を経て作られるということを先ほどお話ししましたが、検査の項目など内容が流出したら、長い年月をかけての調査・標準化作業が台無しになってしまいます。検査の妥当性が失われ、苦戦している方が適切な検査を受ける機会を奪ってしまいます。検査の項目や内容の流出はあってはならないことなのです。

-- あってはならないこと、まさに心理検査を扱うに際しての倫理ですね

石隈 心理検査の項目の守秘を守ることは、心理職だけでなく援助に関わる者や心理検査の開発、使用、販売に関わる者にとっての倫理です。検査問題の流出というのは、単に出版社が厳しく言っているとか、大学院で倫理を学んだからという問題ではありません。標準化された心理検査は私たち共有の財産なのですから、美術館に展示されているゴッホの絵を傷つけるぐらいの出来事であると思います。心理職はアセスメント(心理検査)を大切にし、ウェルビーイングの維持向上に関わらせていただいているということを心に留めていただきたいものだと私は思います。

-- 心理検査が作られる過程、ウェクスラー検査などの標準化された心理検査は共有の財産だというわかりやすい表現で検査の大切さをお話しいただきありがとうございました。


石隈 利紀 先生

東京成徳大学応用心理学部・大学院心理学研究科特任教授 筑波大学名誉教授

日本公認心理師協会副会長 学校心理士認定運営機構理事長

日本版WISC-V刊行委員会 日本版WAIS-IV刊行委員会

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