石隈利紀先生に聞く
ウェクスラー知能検査の倫理と使用者の責任

第3回 心理検査の実施・活用に際しての倫理と責任:検査の実施

2025.04.14 インタビュー / シリーズ


検査の実施に携わる具体的な場面における倫理と責任ということで、ラポール形成・検査の実施・ケースレポートの作成という3つの場面を軸に順に話を伺っております。


-- 前回はラポール形成のお話についてお伺いしました。今回は検査の実施における倫理・責任についてのお話をお願いします

石隈 検査の実施についてですね。まず第一に実施をきちんと行うのは心理職の責務です。特に初めての検査を実施する場合は、しっかりと練習を積んでからにしてください。

-- 「練習」について、先生のご経験などお伺いできますか

石隈 はい。私の場合、アラバマ大学大学院修士課程での最初の授業が「インテリジェンス・テスティング アンド ケースレポート・ライティング(知能検査の実施とケースレポートの作成)」というものでした。単なるアセスメントについての授業ではなく、おのおのが検査の実施からケースレポート作成までをみっちり行うという、これだけで一本の授業だったのです。当時はWISC-RとK-ABCでしたが、両方の検査を10本ずつ練習で実施することが宿題になっていました。この授業を最初に受けることができたのは、とてもラッキーだったと思っています。

-- 大学院生としてのスタートが実践的な授業であり、まさに実施の練習だったのですね

石隈 そうなんです。アメリカの大学院は少数精鋭で、しかもAlan S.Kaufman先生(以下、「アラン先生」)・Nadeen L.Kaufman先生(以下、「ネイディーン先生」)夫妻のTT(ティーム・ティーチング)で、直接ご指導いただきました。検査実施のロールプレイの際には、アラン先生が自ら子ども役となってくださいました。

-- アラン先生の子ども役はいかがでしたか

石隈 今でも覚えていますが、先生は野球がお好きだったので野球帽を斜めにかぶって、ロリポップキャンディーを舐めながら登場するんですよ。ふーんとして入ってきて、検査者である私の話になかなか乗ってくれないんです。奥様のネイディーン先生が、「ちょっと厳しすぎじゃないの」と言って助けてくださったこともありました。最後にはちょっと乗ってくれたのですが、前回お話ししたラポールの重要性もアラン先生とのロールプレイから学びました。

-- とても貴重なご経験ですね

石隈 それだけではなく、教室でのトレーニングが一通り終わったら、「チェックアウト」といってネイディーン先生の研究室に行き、検査実施のスキルを確認されるのです。そこでも、1対1でのロールプレイを行いました。ネイディーン先生が「トシ、私は10歳の女の子です。今日はWISCの『積木模様』と『知識』をやります。まず『積木模様』をやってごらん」と言ってチェックアウトが始まりました。チェックアウトで実施の手続きや採点について合格をいただいた後、初めて外に出て実際に子どもに対しての実施を行うことができたのですよ。実は博士課程の院生のときには、アラン先生のティーチングアシスタントとして、採点のチェック係もさせていただきました。とにかく検査の実施と採点について徹底的にトレーニングを受けました。

-- 何度もロールプレイを行って、実施と採点の技術を身につけてから、初めて子どもに対して練習ができるのですね

石隈 最終的には検査対象年齢の子どもに対して検査を実施しないと、本当の意味での練習にはなりませんからね。ただし、勉強中の大学院生が実施するのですから、実際に勉強で困って支援を必要としている子どもにはできないので、知り合いなどを通して対象年齢の子どもを紹介してもらいました。検査結果にも、「PRACTICE・NOT USE」と大きく赤文字で書いて、練習だとわかるように本物の検査と区別していました。この結果も大学院にもって帰ってチェックしてもらって、それで実施を身につけるのですね。これが、ラポールの次の実施の訓練です。実施が大体(アバウト)ではだめなんですよ。

-- 検査をきちんと実施することは、心理職の責務であり、だからこそ練習が大切だということが、先生のアメリカでのご経験からとてもよくわかりました

-- ここからは、日本についてのお話をお伺いできればと思います

石隈 日本では、公認心理師になるために、大学院の2年間で10科目、450時間の実習があります。アセスメントについての授業はもちろんあります。ただ実際に、どのくらい検査の実施を教室でトレーニングし、実践の練習ができたか、検査の実施と採点、解釈について、スーパーヴィジョンを受けたかは大学院によって違っているかもしれません。例えば、大学院でWAIS-IVは10回ぐらい実践練習で経験したけど、WISC-Vは2回しか経験したことがないという公認心理師の方もいらっしゃるでしょう。

-- そのような方が心理職として就職してすぐにWISC-Vの実施をお願いされた場合は、どのように対応したらよいのでしょうか

石隈 そうですね。「できません」とは言いづらいですよね。でも、もし頼まれたら、“大学院ではWISC-Vは2回しかとったことがないので、今回は実施できません。他の心理職の先輩方に実施をしていただいて、数ヶ月待ってもらって集中的に練習した後から、WISC-Vの検査を担当するのでよいでしょうか”ということをお伝えすることですかね。それは心理職の倫理です。またそれを認めるのが、WISC-Vを実施する施設(教育センターや病院)の倫理だと思います。もちろん新人の心理職に検査を練習する猶予を与える期間は、勤務先の入職時の業務の契約・説明や施設の状況にもよります。それは難しい判断ですね。

石隈 集中的な練習としては、可能であれば、検査の実施・採点に関する研修会を受けたり、(ピア・)スーパーヴィジョンを受けたりすることをお勧めします。私の勤務先でも修了生が大学に来て、知能検査の学習会をしているようです。個別の知能検査(例えば、WAIS-IV)の実施と採点をしっかりとできるようになっていれば、他の知能検査(例えば、WISC-V)の実施・採点の学習は短期間でできます。第一外国語の学習が第二外国語の学習に役立つのと似ていると思います。

-- 心理職の資格を取得したからといって、すぐに検査を実施できるというわけではないのですね

石隈 はい、WISC-V講習会の際にも話すことがありますが、心理職の倫理として、訓練や経験を十分積んでいない段階の技術を実践で使ってはいけないし、そのような段階の方に頼んでもいけないのです。自分の能力に基づいて検査を実施するというのは当たり前の話です。現在、日本公認心理師協会の副会長をしていますが、公認心理師の職業倫理にもこのことは明記されています。能力を超えたプラクティス(実践・実施)をしてはいけないということを心に留めておいてください。

-- 心理職として自らの専門能力に基づいて検査を実施するということですね

石隈 さらに加えておきますと、知能検査の実施の能力を獲得した後も、実施経験を積むことで、実施の能力が高まります。「同じ検査を何度もして飽きないですね」とよく言われますが、そんなことはありません。検査を受ける子どもは毎回ちがって興味深いのと、検査の実施(さらに結果の解釈と活用)の能力が高くなれば、検査では子どもの検査中の行動や不安などの感情の観察に、よりエネルギーを注ぐことができます。検査の実施の積み重ねで、検査を行う心理職のアセスメントの能力が上がっていくのです。

-- 検査実施における心理職の倫理と責任について、わかりやすくお話しくださりありがとうございました。検査を実施する前の練習の大切さ、検査の実施の能力を獲得した後も研鑽を積む重要性、そして、公認心理師の職業倫理に至るまで、幅広く学ぶことができました

石隈 利紀 先生

東京成徳大学応用心理学部・大学院心理学研究科特任教授 筑波大学名誉教授

日本公認心理師協会副会長 学校心理士認定運営機構理事長

日本版WISC-V刊行委員会 日本版WAIS-IV刊行委員会

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